強者にはわかるまい、この気持ちが
- 作者: 西澤保彦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2003/11/08
- メディア: 文庫
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げに恐ろしきは自己欺瞞であることよ。
しかし、それが僕にとって生きる糧となるのだ。
……と、唐突に読みたくなって「黄金色の祈り」再読。(再々読か)
あまりに痛々しいこのお話。
これをミステリ……というのはあまりに狭義すぎる。
この「黄金色の祈り」では「僕」は自己欺瞞に溢れなんとも格好の良くない男として描かれている。
どこかで自分は一発逆転ができる、とか、やればできる人間だとか、何もせずに成功を期待しているし、
技術もあり、人望もあり、自分を人当たりの良い人間だと考えている。
人の眼ばかりを気にして、よりよく見られたいと考えているし、
女の子と何かあればすぐセックスを思い浮かべ、関係を持てる筈だという幻想にとりつかれる。
が、この情けない人間像というのは実際に「弱者」が持つ弱さを如実に表していると言っても良い。
読んでいる間、この「僕」の気持ちが重なって胸が痛くなり、読み進めるのが辛くなるくらいだ。
本来、人は自分をかっこ悪くさらけ出すことに慣れていない。
良く思われたい、格好良く思われたい、出来る奴だと思われたい、
そう思うのが本来で、他人からどう思われるかを取り繕うことも多い。
が、この「黄金色の祈り」はそんな「僕」の内面をさらけ出すことで、
そのかっこ悪さに共感を抱かせることに成功している。
要するにこの作品は男ならば誰でも(とはいえないかもだけど)持っているであろう欲望、
小汚い気持ち、妬み、羨み、妄想、弱さ、など様々な嫌な面をきちんと描き出している。
なので、「僕」は小狡く弱く格好悪いどうしようもない人間なのだが、その弱さを認めている人間と酷く共感する。
特に性的な面では顕著で、この「僕」は性に対してあまりに自分の理想を押しつけすぎている。
女の子から誘いがあればあわよくばそういう関係になれるのではないかと期待し、
途中である覚悟を持った女性と関係を持つ場面でも自分の理想とあまりにも違う「それ」に嫌気が差し、傍若無人に振る舞う。
要するに「女の子を抱くこと」が目的であり、
そうすることで「満たされよう」とし、
自分の情けなさを何とか埋め立てようと足掻くことが「僕」をそうさせるのだ。
が、この弱さこそが「僕」を「僕」であらせ「人間」として映し出す。
「僕」の情けなさはどうしようもなくただただ加速度的に高まっていくが、
その自己欺瞞に溢れた情けなさの根源にあるものをきちんと描くことで、
同様の経験がある人には深い共感を抱かせることに成功しているのが「黄金色の祈り」の凄さだ。
僕がもし「心の一冊」を挙げるとするならばこの本になる。
そう思わされるのは他にこれほど胸が苦しくなる程の作品を知らないからだ。