id:JavaBlack氏からTBも受けてしまったので、
所信表明。炎上を期待している訳ではありません。
僕はC001をクラス名の一例としてあげましたが、
これはいかなる場合においても「これより適切である命名は存在する」と考えています。
少なくとも一目見たときにCはClassであるのか他の意味であるのかすら分からない命名は論外であると思います。
僕はこの場合「クラスの一つめ=Class001」で「C001」と挙げましたがそれを湾曲して取り得ることすら可能です。
Cは何?
001は連番? それとも他の何らかの業務コード? ないしは……と、混乱の元です。
それは少なくともどう見方を持とうとも問題です。(と僕の経験上からは思います)
コードを書く際に
「(意図せずとも混入してしまう)間違ったコードが間違ったコードのように(人にもコンパイラにも)評価されるように正しいコードを書く」
と仕事で関わった某氏が言っておられたのですが、
これは真実だなと思います。
人が湾曲して取り得る命名は適切であらず、
コンパイラが通そうとも人が通すべきではない、と僕は思います。
そして、その命名を見てそのプログラマ自身が
それを信じることができないのに
それに従えと言われるのならば
立ち向かうチャンスさえ与えられないのならば
無理に「異文化」の中に住まおうとすることは「全体」にも「個人」にとっても(逃げ出すことが社会人として最低であろうとも)「害悪である」と僕は思います。