re: 複数言語を学ぶ意味(or 意義)

噂には聞くものの実物は観たことないのだけど まるでCOBOLのようなJavaプログラムとか、 藤原さんの本のネタにもなったPascalのようなCプログラムとか、 そういうのを量産してしまうのって、 「言語は一つ覚えておけば十分」(一つしか知らない)って 人たちじゃないのかなあ。

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あの診断室のプログラムは凄いですね。
無理矢理言語の方を自分に合わせようとするのは唖然としました。


COBOLのようなJavaプログラム……というか意図が不明なソースコードを書く人は結構いるかも……とか思います。
COBOLに影響されて本当にそうなのかはわかりません)
そこら中にオペレーションの意味を文字列や数値を書き散らしていて、
equalなどで判定してごにょごにょする、
のを各所でやってしまう。( "success".equals(hoge.getState())みたいなコードをhogeの外側に書き散らす)


シンボルにするとか、
メソッドにする、
という考え方がないとか。
(学んできた言語にそういう考えがないのかもしれません)
あとはDBのColumnの切り方が無茶苦茶だったり。
「何とかランキング」のテーブルを設計するさいに

rank1, rank2, rank3, rank4, rank5, rank6, rank7, rank8, rank9, rank10

とかColumnを切ろうとした人がいましたよ……。
最初の要件が10位でも100位とかに拡張する気になったらどうする気だ。


あとは「予備」という名前のColumnを切ろうとしたり……。
C# propertyを知らずにsetter,getterを書いてしまう人とか、
C++で新しいスタイルのキャストを使わずにCキャストを使ってしまったり。


と、まぁ、勉強は重要ですね、と。
ただ、「俺ってこんなに言語使えるのにお前らは何をやってんの」的に言語を「つまみ食いする人」もいるのでそれはどうかな、とも思います。