結論
マネジメントの本質は「利他」だと思っている。そして「利他=自己犠牲」ではない。
テイクを求めず、ギブをする。自分のアウトプットではなく、チームのアウトプットにこだわる。自分が評価されなくても、チームが成長し、成果を出し、評価されることを誇りに思う。
そして、こういうマネジメントの価値をちゃんと理解してくれる人と働けると、マネージャーは幸せになれる。
なぜ「利他」なのか
今年もマネジメントについて話す機会が色々あった。社内のインタビューなどでもだ。そのとき改めて言語化したのだけど、私がマネジメントで大切にしているのは「自分の都合を優先しない」ことだ。
組織を見たときに、利己的に動いている人間は時として組織の邪魔になる。自分が利己的に動くことによって、組織のキャップになったり、ブロッカーになってしまうことは容易に想像がつく。結局、組織のために何かするってことを第一に置かない限り、マネジメントはうまくいかない。これは自分の経験から強く感じていることだ。
マネージャーが「自分の手柄」を意識しすぎると、チームの動きを制限してしまう。情報を抱え込んだり、意思決定を手放せなかったり、メンバーの成長機会を奪ったり。無意識のうちに、自分がボトルネックになる。
逆に、自分の都合を脇に置くと、不思議と選択肢が増える。「これは自分がやるべきか、任せるべきか」「この情報は誰に共有すべきか」——そういう判断が、チームにとって最適な方向に向かいやすくなる。
個のアウトプットから、チームのアウトプットへ
プレイヤーとして優秀だった人がマネージャーになると、最初は戸惑うことが多い。
「自分のアウトプットが見えなくなった」「何を成果として主張すればいいかわからない」——そんな声をよく聞く。自分自身も最初はそうだった。
でも、マネジメントを「利他」として捉え直すと、景色が変わる。
自分がコードを書くことより、チームがコードを書ける環境を整えることに価値がある。自分が問題を解決することより、チームが問題を解決できる力をつけることに意味がある。
これは「手を動かさなくなった」のではない。「動かす手の種類が変わった」のだ。
利他とは、媚びることではない
ここで一つ、誤解されやすいことがある。
「利他」とは、チームに媚びることではない。メンバーの言うことに何でも同調することでもない。マネージャーは友達ではないのだ。
友達なら、彼女に振られた友達には無条件で同情できる。「お前は良い奴だよ、彼女は見る目がなかったね」と。事情を詳しく聞く必要もない。二人はもう別々の道を行くのだから、真実を追求しても意味がない。
でも、マネージャーは違う。
チームを気持ちよくさせることが仕事ではない。何が起きているのか真実を把握し、一緒に働き続ける仲間との関係を良い方向に導くことが仕事だ。だから、マネージャーの共感は「条件付き」でなければならない。
メンバーが他のチームへの愚痴を言いに来たとき、一緒になって「あいつらダメだよな」と言うのは簡単だ。その瞬間、メンバーは気持ちよくなるし、マネージャーへの親近感も増す。
でも、それは組織にとって毒になる。派閥を生み、他チームへの不信感を育て、問題が改善される機会を奪う。愚痴への同調は、その場では「味方になってくれた」と感じさせるかもしれないが、長い目で見ればチームのためにならない。
これは、良いコーチと悪いコーチの違いに似ている。悪いコーチはただ話を聞いて同情してくれる。良いコーチは話を聞きつつも、「それは本当にそうなの?」と問いかける。感情は受け止めるが、事実は検証する。
利他とは、相手が本当に必要としていることをすることだ。それは時に、相手がその瞬間に望んでいることとは違う。
それでも理解されないこともある
ただ、正直なところ、マネージャーの利他的な働きは外から見えにくい。
利己を捨てていることは、たぶん他の人からはわからない。
愚痴に同調しないマネージャーは、「冷たい」と思われるかもしれない。メンバーから見れば、「高い給料をもらっている人」かもしれないし、「なんか会議ばかりしている人」かもしれない。邪推すれば「めちゃめちゃ保身で動いているね」と思われることだってあり得る。
自分がどれだけチームのために動いていても、それが伝わらないことはある。誤解されることもある。感謝されないこともある。
それでも、やっていかないことには進まないと思っている。他の人が自分のことを利己だと思っていても、まあしょうがないかなと。もちろん発表や成果物という形では示していきたいけれど、ある程度誤解されるのは避けられないと思ってやっている。
マネジメントの価値を理解してくれる人と働く幸せ
ここまで書くと、「マネージャーって報われないじゃん」と思うかもしれない。
でも、私はそうは思わない。
なぜなら、マネジメントの価値をちゃんと理解してくれる人たちと働けると、ちゃんと報われるからだ。
「組織がうまくいっているのは、あなたのおかげだ」と言ってくれる経営層。「ありがとう」と言ってくれるメンバー。目に見える成果だけでなく、見えにくい貢献を認めてくれる文化。
そういう環境があると、マネージャーは「利他」を続けられる。
逆に言えば、マネジメントの価値を理解しない組織でマネージャーをやり続けるのは、かなりしんどい。どれだけギブしても、テイクを求められ、成果を数字で証明しろと言われ、疲弊していく。
だから、マネージャーとして幸せに働きたいなら、「マネジメントの価値を理解してくれる人と働く」という選択は、けっこう大事だと思っている。
チームの成長が、自分の誇りになる
最後に、一つだけ。
マネージャーをやっていて一番嬉しい瞬間は、自分が評価されたときではない。
チームのメンバーが成長したとき。難しいプロジェクトをやり遂げたとき。昇進したとき。「あのとき相談に乗ってもらったおかげです」と言われたとき。
その瞬間、「ああ、やっていてよかったな」と思える。
これは、プレイヤーとして成果を出したときの喜びとは、また違う種類の喜びだ。
マネジメントは利他である。テイクを求めず、ギブをする。評価されなくても、チームの成長を誇りに思う。そして、利他とは媚びることではなく、チームが本当に必要としていることをすることだ。
そういうマネージャーが増えたら、きっと組織はもっと良くなる。少なくとも、自分はそうありたいと思っている。
なお、こちらは HRBrain Advent Calendar 2025 の25日目の記事でした。